しろいろの街の、その骨の体温の

読書
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平素より大変お世話になっております。



麗日 奏です。





はじめに



ボクは最近読書にはまっています。



いつもバスの中でTwitterを眺めていたのですが、最近は本を広げています。



最近、低浮上気味なのは、自撮りを挙げなくなったことも大きな要因ですが、移動時間中の時間の使い方が変わったことも大きな要因です。



まだしばらく続くと思いますので、ごめんやで。





読書の秋ですからね。



やはり活字は良いものです。



ボクの読書欲には波がありまして。



読まないときは全く読まないのですが、一度火が付くとしばらくは移動時間の度に本を開くようになります。



移動時間以外も読み始めると一瞬で読み終わってしまうので、移動時間以外は読まないようにしています。



けれど。お休みの日とかにおしゃれなカフェに行って小説などに浸る、そんな一日もボクは好きです。



今度なにもない日に実行してみようかな。





さて、ボクが読書好きなのはいくつか理由があります。



ボクが読書好きな理由



「没頭、時間がかかること、他者の世界観に触れられること」



この3つが理由として考えれます。



没頭



読書をしてる時ってかなり集中してると思います。



気が付いたら目的の駅やバス停に着いているくらいです。



危うく乗り過ごしそうになったこともあるので、気を付けています。



しかも、その集中ってのはプレッシャーを感じての辛いコンセントレーションではなくもっとこうポジティブな物なのでこういう集中は日常の中にあった方がいいのかなあと思います。



読書の他には、ブログ書くぞ!って決めて音楽聞きながらブログ書いてるときはかなり集中してます。



そして、この読書というのは自分の持っている世界の中ではなく他人の持つ世界への没頭だと思います。



文字だけの情報から、情景を頭の中で思い描き、意味を理解しているわけで、それは活字であるからこそ必要とされる工程で、集中が乱れている状態では難しいことだとボクは思います。



対照的に、ブログを書くという作業は私の頭の中にある言葉を整理して文章にする、つまり自分の世界への没頭だということが出来ます。



そういう意味で他人の持つ世界への没頭、自分の持つ世界への没頭、ボクは今どちらも行っているわけで、それはとても良い事だと思うのです。



人間、アウトプットをするためにはインプットも必要ですからね。



時間がかかること



これは一見するとマイナスポイントでは?と思うかもしれませんが、時間がかかるというのはすぐに消費してしまえない分、大事にできるということだと私は思っているのです。



突然ですが、私はゲーム実況を見るのが好きです。



私が好きなゲーム実況者さんは「稲葉百万鉄」さんと言います。旧ボルゾイ企画のリーダーでその時は「ふひきー」と名乗っていました。



彼があるゲーム実況でお話していたことがあります。(多分今やっているドキドキ文芸部かな?)



彼のお家はゲームなどの娯楽にとても厳しかったらしく一日30分ぐらいしかゲームをさせてもらえませんでした。



だからこそその30分をとても大切にしていたそうです。



ちなみにその時プレイしていたゲームはファイナルファンタジー(だったかな?)だと言っていた気がします。ナンバリングは忘れました。



その30分を何日も、何か月も積み重ねて彼はファイナルファンタジーをクリアしたらしいです。



そして、彼が言ったのは「かけた時間の長さと、その作品がどれほど強く思い出に残るかは比例する。」ということです。



彼はそのためにゲーム実況を趣味としてしているらしいです。ゲーム実況だと一つの作品と長く向き合うことが出来るみたいです。一つの作品を完結させるために何か月も何年もかけてますからね。(どうぶつの森ものすごいpart数になってるし俺の屍を越えてゆけも100は越えてた気がする。ちなみに私はどっちも見てます。)





この話をした後だと、「時間がかかる」ということの意味合いがただの短所ではないことが伝わると思います。



小説、というのは一つの物語を完結させるためにとても時間がかかります。



文字情報から画像情報が主流となり、現在は動画情報が世の中の主流となっています。



確かに誰にとっても分かりやすいし、直観的に情報を得ることが出来ます。



しかしながらそれは、多くの場合短絡的になりがちです。



そして、上記の 「かけた時間の長さと、その作品がどれほど強く思い出に残るかは比例する。」 ということを考えてみると、多くの情報が瞬間的な満足感をもたらすかもしれませんが、それらは日々獲得する多くの情報の内の一つに過ぎない物となってしまっているのではないでしょうか?



この点において、小説を読むということに時間がかかることは、長所にもなり得るのです。



小説を鞄の中に忍ばせて、何日も何週間も一緒にいるとその本や物語に愛着が湧いたりするものです。



他者の世界観に触れること



どんなものでもそうですが何かを創り出すということはとても素晴らしいことだと思いますし、とても尊敬すべきことだと思います。



そして、その創り出されたものは表現媒体が何であれ、その人の持つ世界観が全て詰まっている物だと思います。



そういう意味で、小説を読むということは誰かの持つ世界観、その心に触れるということに他ならないと思います。しかも、上記の通り、小説という媒体は消費するのに時間がかかるので、長い時間その人の持つ世界観と寄り添うことになります。



数千、数万にも及ぶその言の葉の全てに、作者の思いや心情が詰まっていると思うと、本がとても素敵な物に見えてきませんか?



また、多くの場合、小説の中で素敵だなと思う登場人物や言葉に出会えたりします。そういった物たちは自分の世界を広げてくれるものだと私は思います。



だから私は小説が好きなのです。





村田紗耶香さん



最近の小説を読む方なら、この方の名前を聞いたことがあるかも知れません。



私はこの人の書く小説がとても好きです。



代表的な作品だと「コンビニ人間」や「消滅世界」などが挙げられます。



私はこの他に「殺人出産」「綺麗なシワの作り方」を読みました。





何故この人の作品が好きなのかと言いますと…



「正しい」「普通」とされていることに対して、それは本当にそうなのかというアンチテーゼをお話の根幹として(ボクが読んだ限り)持っているからです。



新しく出版された「生命式」という短編集のサブタイトルは「正常は発狂の一種」です。





こういう着眼点がボクはとても好きです。



正しく普通でいれなかったから私はこういう仕事をしているわけで。



正しいは誰かの正しくないだし、絶対は絶対ないと常に思っています。



まあ、その前から常識という物に縛られてはダメだとずっと考えているような人でしたが。



こういう考えなので村田さんの小説はなんだかとても心地いいのです。





こういう世界がいつかやってくるかもしれないなあと思ってみたり、こういう人いるいるとおもってみたり…



まあ、ここではそれぞれのあらすじとかは紹介しないんで、興味ある人は調べてみてください。



しろいろの街の、その骨の体温の



さて、タイトルにもあるこの小説を今回私は読み終わりました。



とりあえずあらすじだけ引用しますね。



クラスでは目立たない存在の結佳。習字教室が一緒の伊吹陽太と仲良くなるが、次第に彼を「おもちゃ」にしたいという気持ちが高まり、結佳は伊吹にキスをするのだが―女の子が少女へと変化する時間を丹念に描く、静かな衝撃作。

しろいろの街の、その骨の体温の 裏表紙より


お話としてはスクールカーストと思春期男女の性の目覚めについて書かれてます。



そんなに難しい話ではなく、学校に行ったことのある人(特に女子)ならだれでも理解できると思います。



確かに、教室内ってグループに分かれるし、そのグループも似たような人が集まって、順位みたいなのが何となくありますよね。そしてその輪は暗黙の了解のように守られているし、みんなそのグループから外れないようになっていたと思います。



私は変な奴だったので、グループとか割とどうでもいいし、嫌われたらそれはそれでいいかとか思ってあまりこうグループに入れてほしい感を出さなかったので大体ぼっちでしたね。特に高校生活終盤は私の悪い面がでて、かなり病んでた(今思えば)ので、他人と関わることにもすごく消極的になってました。



やっぱり私はもう一度人生をやり直したいかと聞かれると、勉強は楽しいのでいいですが、学校生活をもう一度したいと思わないので答えはノーになると思います。



なんというか、クラスメイト同士って職業や立場、年齢とかどれを考えても同じカテゴリーに入るからこそ、この小説の中で言う教室は常識の範囲外という状況が生まれるのだと思います。





ええ、シンプルにめんどくさいです。



まだ、勝手に上下が決まっている会社の方が秩序が保たれやすいのでは?と思ってしまうほどに。



ちゃんと学校に行っている皆さん、偉いと思います。



あ、ちゃんと高校、大学、専門(専門は飛び級で)自分で休学して留学行ったのを除けばストレートで卒業してますので。一応ね。この書き方だと勘違いされそうなので。



話がだいぶそれました。





話の大筋とか、考察とかはもっと上手い人が多分いると思うので、気になった方はそっちを眺めてください。



ボクはこの小説の中でとても気に入った部分がありますのでそちらを紹介したいと思います。



「……あのね、体の中にずっと、音楽みたいなものがあるんだ。ずっと、それをどうやって演奏していいのか、わかんなかったの。だから、伊吹にぶつけて、ぐちゃぐちゃにしちゃった。

でも、本当は、唄いたかった。それは伊吹が好きだから発生した音楽だから、伊吹の手とか、指とか、そうした場所で演奏しないと唄えないんだ。だから、私は、この歌を一生唄えないんだと思う。自業自得だけど。」

しろいろの街の、その骨の体温の 303ページ~304ページ


私の名前、麗日 奏の表の意味は以前紹介したことがあります。







今回、この小説を読んだことで裏の意味が出来ました。



この小説の結佳ちゃんほど清らかなものではないですが、私が行っている仕事もお客さんの体が、欲望が、紡ぐ唄を「奏」てあげることだと思います。





それから、私にこの小説が響いたことにはもう一つ理由があります。



物語の終盤、学校のルールの上で作られた価値観から結佳ちゃんが脱却します。



美しいと感じることすら誰かから与えられた物差しの上でしかできない、そんなのは悲しいと思うと同時に、私はボクのまま突き進んでいこうと思いました。



ボクは僕が思う美しいを体現すべく、これからも頑張っていきます。





先日、村田紗耶香さんの新作「生命式」を買って今読んでいる最中なので読み終わったらまた感想を書きます。



お読みいただきありがとうございました。





P.S.一人称がバラバラなのは敢えてそのままにしてます。書いててばらけてくる。その方が、今は自然なのかなと思いまして。



ニューハーフヘルスアルテミス横浜店



麗日 奏



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