ニューハーフヘルスアルテミスで働く女装子 麗日 奏の恋愛観

その他
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平素より大変お世話になっております。



麗日 奏です。





先ほどまで私のSとMのお話を書いていたのですが、なかなか筆が進みませんでした。



先日キャストの子の恋愛のお話を聞いたので、私自身のそういうお話でも書こうかなあと思った次第です。



これを書くことにどういう意味があるのかは分かりませんが、こういう人間もいるのだなあと思って眺めて頂けたらいいのかなあと思います。



とはいっても、どういう遍歴を辿ってこうなってしまったのかという所についてはプライベートの領域なので書きません。ご了承くださいまし。





何から話そうか…





そうだな…



私は人を恋愛的な意味で好きになれません。



お付き合いしていた方はいますが、振り返ってみると本当に好きだったの?と自分を疑ってしまいます。



勿論人間的に素敵だなと思うことは出来ますし、一緒にいて楽しいなと思うこともあります。



しかしながら、恋愛をする必要性が私には結局よくわからなくなってしましました。



そもそも普通必要に迫られて恋愛ってするものではなく、自ら望んで自発的にしたいと思うものだと思うので、必要性とか考えている時点で終わってるのだと思います。



しかし考えてみてください。友達と恋人の違いとはなんですか??私には分かりませんでした。性交を行うか否かぐらいの違いしかないのではないですか??それとも精神的な繋がり云々ですか??支えあう?一緒にいて楽しい?高めあえる?友人であってもそれは可能であると思います。



まして私は何者にも依存しないでいることを望んでいます。誰かに支えてもらわないと立っていられない自分なんて嫌です。弱い自分なんて要らないです。私は強くあらねばなりません。



そんなことを考えていたらしまいには恋愛感情というのもどこかに消し飛んでしまいました。欠片でも残っているのかも怪しいです。



要するに拗らせまくった成れの果て、それが私です。





だから一途に恋で悩める人が羨ましいなあと思うのです。



感情より理性が圧倒的に強い人間、それが私です。



感情にも基本的に波が立ちません。常に穏やかです。



であるからこそ、恋には「落ちれない」のです。



そもそも恋愛的な好きという感情がよく分かりませんし。



何も考えず落ちてしまえたら。



なんて考えた事もあります。



それはそれで楽しいのだろうなあと。





しかしながら、前述からわかる通り私の中での「恋愛」というカテゴリーに対する優先順位はものすごく低いのです。



結果として、今すべき事じゃないよね。仮にそうなったとして二人に未来はあるの?となり後に後に回してきた結果がこれです。





他にも原因はあると思います。



圧倒的に希薄な自己肯定感。



それこそ薄すぎて女装をして自分じゃない自分を作り出さなければ消えてしまいそうだった程。



私が英語をしゃべるのが好きなのもある意味そういう側面があると言えます。英語をしゃべっている間は、別の自分になっている気がするんですよね。



話が逸れましたが、自己肯定感が低いということは、私ではあなたに値しない。私ではあなたを幸せにできない。という諦めに似た感情。おそらく、この感情は如何に自分が頑張っても一生付きまとうものなのではないかと思っています。





つまりまとめると



①スタンドアローンでいたいという自分の理想



②必要性が理解できないこと



③感情の振り幅が小さいこと



④生まれつきの自己肯定感の希薄さ





これらに起因するものなのではないかなあと思います。



まして、今は風俗嬢です。全くと言っていい程そういう望みはどこかに消えてしまいました。





とまあ、ここまで私の恋愛観を述べてきたわけですが、 いわゆる「普通」との乖離が著しいのであまり理解されないのではないかなあと思います。



もてないやつの僻みかなと思われても仕方ないですし、寂しいやつだなあと思われても仕方ありません。



まあでも世の中にはこういう人間もいるということです。



客観的に見ると、本当は誰よりも弱いのかもしれません。失うのが怖いから近づかない。心に波風立てたくないから踏み込まない。心の深層を曝け出すのが怖い。







でもまあ、価値観なんてそんな簡単に変わるものでもないですし、今のところ私はこれでいいのかなあと思っています。



変わるときは変わるかなあって。





あ、ちなみに私は2数年間恋愛対象は女性だと思ってました。



恋愛をするか否かは置いておいて今は性別とかは割とどうでもいいかなあって感じです。



男性でも女性でも素敵な人は素敵でしょ?



そこにこだわるのはそうあるべきという固定観念でしか物事を見れないということであって、それは機会損失であると思います。



私は自分の見聞きした中でしか生きられないバイアスに縛られた人間があまり好きではないし、自分自身もそういう人になりたくないと思っています。





とまあ、こんな感じですかねえ。



今日は珍しくちょっと重いお話をしましたがこういうのもたまにはいいのかなあと思います。



とりあえずの所、このブログは私の事を知っていただく為のものなので、こういう話もたまには。



お読みいただきありがとうございました。



ニューハーフヘルスアルテミス横浜店



麗日 奏



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コメント

  1. […] 、その人とは対等では無くなってしまうし、思考の柔軟性を鈍らせるからです。それに以前の「私の恋愛観」という記事で述べましたが、私は何かに依存している状態がすこぶる嫌です。 […]
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